~いつがその時?介護施設に入居するタイミング~
最近の朝晩の冷え込みには、冬がすぐそこまで来ている気配を感じずにはいられませんね。
空気も乾燥してきていますからそろそろインフルエンザの流行も気になります。
50代の私でも年々体力の衰えを感じ風邪をひきやすく、そして治りにくくなっていますので充分気を付けたいところです。
さて、今日はまだ私には少し早いかな?とも思いますが、《介護施設への入居》について考えてみたいと思います。
老後、家族が面倒を見てくれるなら施設に入ることもないかも知れませんが今の時代、なかなかそれは難しいですよね。
一人は寂しいけれど子供たちに迷惑をかけるのも嫌だし。
自分の意識がはっきりしているうちに自分の意思で介護が必要になった時のことを決めておきたいものですが、健康である今はついつい後回しにしてしまって、なかなか先のことを考えられません。
⭐限りある《時間》に気付くとき
人間は誰しも必ず年をとり、少しずつ体の機能が衰えていきます。
皆さんは若かりし頃、日々の生活の煌めきに目が眩み、遠い未来にはその光しか存在しないかのような錯覚をしていませんでしたか?
自信に充ち溢れ、今を謳歌し、一番素敵な時ですものね。当然のことです。
でも、目標に向かってがむしゃらに突っ走っている時も、落ち込んで何もやる気が起きずふて寝している間も、着実に時は刻一刻と刻まれているのです。
そして、その《時間》が限りあるものだと認識し始めるのは、自分を含め近しい人の病気や介護などが現実となって目の前に立ちはだかった時ではないでしょうか。
⭐なぜ健康な今、将来のことを考えられないのか?
健康なうちに、将来の病気や老いに備えるのはなかなか困難なことだと思います。
病気とか、介護とか、考えていると暗くなるからイヤだ!という人もいますし、まだまだ先のことだろうから今はまだ考えなくてもいいかな、という人もいるでしょう。
せいぜいお金の心配をして保険に入るのがやっとではないでしょうか。
若くて健康で夢と希望に充ち溢れている人間が、予測不能な将来の自分の病気や老いに頭を悩ませる時間がないのは当然ですよね。
私もかつてはそうでした。
心配したらきりがない。先のことはもう少ししてから考えよう……と。
持病もある高齢の私の父などは、年齢を考え予測を立てて策を講じていましたが、持病とはまったく違う病気であっという間に亡くなってしまったので、確かに人間どうなるか最後の最後までわからないものなのだなぁと思いました。
⭐父の例
父は70代から長く心臓の病気を患っておりましたが、持病の悪化を一番に恐れ、命を落とすならきっと心臓が原因になるだろうとの予測を立てていました。
生真面目な父でしたから、自分の心臓の病気について詳しく調べ家族にも状態を説明して共有し、みんなで一丸となって少しでも長く再発せずに健康な状態を保ちたい、と生活にはとても気を遣っていたのです。
我が家は人手があり、父との結びつきが非常に強かったので、万が一介護が必要な状態になったとしても人海戦術で在宅介護にするつもりでした。
何年もの長期介護の覚悟もして、まだ元気なうちから自宅を改装もしました。
しかし、突然まったく別の、治療のしようのない血液の病気になってすぐに余命宣告を受けたので家族みんな呆然としてしまいました。
その時父が
「入院や介護が長引く病気ではなくて良かった」
と、ほっとした顔で言っていたのがとても悲しく、その時はなんと返してよいのかわかりませんでした。
実際、容態の急変する病気で、亡くなる2週間ほど前までは自宅で身の回りのことはほとんど自分で行い、いわゆるオムツ交換や食事の介助などをする《介護》という期間はほとんどなかったのです。
家族にとっては長引くたいへんな介護生活がなかったのである意味楽をさせてもらい、父には少し申し訳ないような気持ちになりました。
⭐若者のいない街
私の住んでいる地域は、40年ほど前に宅地造成して一斉販売したらしく、住民はみんなだいたい同じような年代です。
私の両親の世代が土地を購入し家を建てているので、この街の各戸の世帯主は70代後半から80代の方が殆どです。
私は50代の専業主婦ですが、25年ほど前、結婚してすぐに実家に入りました。私の母が病弱だったため心配で、忙しい父の代わりに母の側にいたいと考えたからでした。
今はもちろん、当時でも結婚してすぐに実家に入るのは珍しく、友人や近所の知人はとても驚いたようです。
近所の同級生は結婚するとみんな実家から出ていってしまって、私くらいの年代の人をこの辺りであまり見かけなくなり、気が付けば若者のいない街になっていました。
⭐高齢者に囲まれて
我が家のお向かいさんは共に80代の老夫婦。
そして、お隣は80歳のご主人と76歳の奥様。
裏の家はは100歳のおばあさんと未婚の60代の娘さん。
まわりを見回しても高齢者ばかりです。
50代の私はこの地域では若者で、大雪が降ったり、台風が来たりの時にはその3軒の安否確認と雪掻きなどをしています。
我が家には2人の子供もおりますので、子供たちも稼働していつの頃からか近所のお年寄りのちょっとした見守りをするようになりました。
⭐お向かいの老夫婦
お向かいの80代の老夫婦のご主人の方、は頭はしっかりしていますが体が思うように動かず、奥さんは体は問題なく動けるそうですが認知症で、一人では何もできない状態です。
ご主人は私の父と同じくらいの年齢ですが、現役の頃はバリバリのやり手といった風貌で、毎晩タクシーで夜中に帰ってきては酔っぱらっているのか玄関先で大声で奥さんを呼んでいているのが聞こえていました。
子供のいないご夫婦でご主人が退職されてから20年ほど経ちますが、近所付き合いをまったくせず、数年前まで時々ご夫婦で買い物に出掛けているのをお見かけするくらいで、最近はヘルパーさんを雇って食事や身の回りの世話などを頼んで家からほとんど出ていないようだと聞いていました。
大雪が降った時は心配で声をかけにいくと、迷惑そうな顔をされ、台風で屋根のトタンが我が家まで飛んできた時はそれも届けに行くと余計なことをして!と言わんばかりの態度。
隣近所とのお付き合いを拒絶しているお宅でしたので、気にはなりつつもそっとしておくことにしました。
しかし、冬のある日。
ちょっとした事故が立て続けに起こったのです。
この地域は玄関まではどのお宅も急な階段を10段ほど上らなくてはならず、お年寄りにはかなり大変だと思います。
地域の住民の高齢化に伴い、ここ数年で手摺を取り付けられたお宅が増えたようです。
我が家ももれなく昨年秋に取り付けはました。
そして向かいのお宅も。
しかし、急な階段は手摺をつけても非常に危なく、実際、手摺があったにもかかわらず、奥さんは階段を踏み外し大ケガをしました。
そのケガの入院から急速に認知症が進み、退院してからはまったく見かけることもなくなりました。
そしてそのあとすぐにもうひとつの事故が。
ご主人が寝タバコをしていて火事になったのです。
幸い昼間でしたので新聞配達の男性が気づき、消防車が3台ほど来ましたがすぐに消し止められ、隣家に移ることはなく事なきを得ましたが、軽い火傷をしたご主人は念のため入院。
認知症の奥さんは一人家に残されたのです。
ヘルパーさんは日中数時間はお手伝いに来ますが、夕方から翌朝までは一人きり。
認知症が進んでいるなら一人にしておくのは危険です。
私は心配で心配で夜中に何度も起きてはお向かいの家を確かめるようになったのです。
ご主人が退院し家に戻って来るまでの間、奥さんはどこか施設にでも入った方がよいのではないかと思いましたが結局は1人で2週間を過ごされました。
⭐タイミングを失った理由
2週間後、ご主人が退院され、お見舞いの品を届けることを口実に状況を確認しようと思いました。
さすがのご主人も火事騒ぎになったことを私に謝罪し、少し話をしてくれるようになりました。
言い訳のようにぶっきらぼうに
「まだまだ元気な70歳の時に介護施設に入居しとけば良かったんだけどさ。健康だったわけ、俺もばあさんも。だからもう少しこの家に居たいなと思ってたら80になっちゃったよ。」
と言いました。
そして、
「80になったら、いつ死ぬかわからないのに高額の入居金を払って施設に入るのがもったいないなって思ったわけよ。お金はいっぱいもってるけどね。」
とも。
最後にご主人は
「年寄りで迷惑かけるけど許してちょうだい!」
と、とても元気そうな口振りでしたが一歩一歩足元を確かめながら、ゆっくりゆっくり家に入っていったのです。
その後ろ姿を見て私は胸がきゅっと痛くなりました。
~思うこと~
誰しも自分の住み慣れた家でいつまでも暮らしたいと思いますよね。
私も介護施設に入るよりは、一人になっても可能な限り自分の家で生活したいと今は考えています。
でも病気になったり、高齢で体が思うように動かなかったりするときは、家族に負担をかけたくないので、介護施設という選択をしなくてはならない時も来るかもしれません。
人生何があるかわかりませんが、今のところ何もなければ主人の退職を機に一度じっくり考えてみようと思います。
お向かいの老夫婦を見ていて色々と考えさせられました。
大切なのは早めに家族で話し合い、もしも介護施設に入るつもりがあるのならその人のベストなタイミングを逃さないように勇気を持って決断するということなのかも知れません。